11月30日(火) MABOROSHI IN MY BLOOD
 実に久しぶりに事務所に入る。この間、妻もいなかったので、新聞・郵便物がたまりまくっていた。
 午前中、歯医者に行き、先日の続き。いきなり親知らずを抜くということになってしまい、少々戸惑う。そもそも歯医者そのものは苦手とはしていないし、むしろ病院の中ではいろんな面でどちらかといえば好きなほうかもしれない。あの匂いや機械音も含めて。近く議会が始まるということを慮ってくれたのか、今日も2ヵ所まとめて治療。しかして、何の予告もなくいざ歯を抜くといことになったのであろうが、いくら歯医者好きの私であっても、それはそれで若干は戸惑うのである。麻酔をするから抜かれるとはいっても、当たり前ながら痛みはないのだが、メリメリ、ゴリゴリという音とともにペンチみたいなので抜かれれば、口の中だけの出来事とはいえなかなかのダイナミズムである。あごが疲れた。そして血が止まらん。
11月29日(月) Steady Rollin' Train
 若干の肌寒さはあったものの、大変陽気のよい一日。
 「電車男」という本が売れているらしい。何を隠そう、私も今回の沖縄行きのお供として軽い内容の本でもと思い、この本をチョイス。たまたま妻が知人からもらったということで我が家にあったのである。ということで、行き帰りの飛行機のなかで読んでみる事とした次第である。まぁ、斜め読みも斜め読み、随分と読み飛ばしたけれど。そもそもこの本、インターネット上の掲示板サイトの書き込みを抜粋してそのまま纏められたものであり、たいそう読みづらい。だからこそ読み飛ばすのかもしれないし、内容的にもまぁ、熟読するような類のものではないことも確かである。しかし、その売れ方は聞けば尋常ではない売れ方のようであって、発売間もないのに増刷増刷を重ねているらしい。世の中、何が売れるのか判らないものだね。
11月28日(日) ようよう
 昨晩家にたどり着いたのは、夜12時のちょっと手前。羽田から帰路、車を運転している最中も、どこか船酔い気分が消えていないというのが実感。そんなふらふらな頭は、一晩過ぎた今日も同様、どこか今もって脳みそは大海原の上を漂っているかのようである。そんなだから、麻生区少年野球連盟新人戦大会の開会式が、来週に延びていたことは何よりもの救いであった。それだけでプラス1時間2時間は寝れるから。しかし、そんなモヤッとした頭を抱えながらも、出かけていかなければならない。まずは、とある町会にて餅つきをやるからとお声かけ頂いていたので、昼11時頃にお邪魔し、ほんのちょっと体力を供出、搗き立てのおもちと暖かいトン汁でブレックファスト。トン汁が体だけでなく、何とも脳みそにも染み渡るようでありいくらか楽になったような気がしたのは気のせいか。その後は、その足で横浜に向かい、障害児者福祉促進大会の式典に出席、厚生常任委員会の副委員長として議会を代表して挨拶をさせていただく。やっぱり頭は回らなかった。申し訳なし。
11月27日(土) 鼓動
 昨日とはうって変わり、今日は少々ゆっくりめのスタートである。本日はホテル裏の泊港からフェリーに乗り込んで座間味島へと向かい、途中、遺族会主催による海上慰霊祭を行った後、島では高月山〜平和の塔にて献花を、という予定であったのだが、残念ながら海が時化ていた関係等々により大幅に予定が狂い、残念ながら島での行事は全て中止となってしまい、島到着後、ほぼ即座にフェリーに乗りこんでとんぼ返りということになってしまった。遺族会の方々の中には、ご家族の方がこの座間味の地で最期を遂げたという方もいらっしゃったようだが、その方々にとってはさぞ無念であったことと思う。
 私自身も母方の祖父を戦争で亡くしている。当然のことであるが顔を合わせたことがある訳ではないのだが、昔から顔が似ているということを言われてきたせいもあって、それなりに親近感(親族に対してこういうのもなんだが)を抱いていたのも事実。最期を遂げた場所は違うとは言えども、今回の戦没者追悼式に参席することができたのは大変光栄でもあったし、道中僅かながらも遺族の方々からいろいろな話をお聞きすることができたのは勉強になった。
 ちなみに乗り物に弱いこの私が往復5時間に渡る船の中では、変な汗を大量にかきながら死にかけていたのは言うまでもない。
11月26日(金) 楽園 (祈り 希い)
 朝8時半にホテルを出発、神奈川県遺族会の皆さんと共に慰霊行事へと向かう。白百合の塔〜魂魄の塔〜ひめゆりの塔とめぐり、それぞれ黙祷と献花。昼食をとった後、平和祈念公園へと向かい、平和の礎〜島守の塔〜黎明の塔〜国立戦没者墓苑にて、やはりそれぞれ黙祷と献花をした後、今日のメインイベントである神奈川の塔における県主催による追悼式。陽射しは暑いながらも時折爽やかな風吹き抜ける中、式典は進んだのだが、式中、どうにもコンタクトレンズが乾き、目を開けていられなかったのには大そう難儀をした。

【写真:平和祈念公園摩文仁の丘にある神奈川の塔】
11月25日(木) DEAR MY FRIEND
 朝5時に目を覚まし、妻と母をカンボジア旅行の集合場所である新百合ヶ丘駅のバスロータリーへと送り届けるとともに、地域のツアー参加者の方々を送り出す。その後、民主党県連の選挙対策委員会の会議があるため横浜へと向かい、朝食をとりながら1時間半強の会議。この時点で少々眠気が出てきたこともあるし、沖縄行きの集合時間には若干時間があったので、、一旦県庁に赴き、控え室にてコーヒーでも飲んで落ち着くこととした。何だかけったいな朝である。
 羽田で厚生常任委員会の竹内委員長、県の福祉部長等々と合流して、第40回神奈川県南方諸地域戦没者追悼式に参加をすべく、いざ沖縄へ。とはいえ、今日の所は明日朝早いスタートに備えての、言うなれば完全移動日であるからして、沖縄についてからは特に予定はなし。同行メンバーで夕食をとった後に、少々抜けさせていただいて、沖縄にいる大学時代の仲間と久々も久々、実に10年ぶりの邂逅を果たす。お互い姿かたちのミテクレは随分と変わり果てつつあるものの、言葉を交わせば話の中身もまんま大学時代と同じである。ほんの短い時間であったが、何にも変えがたい時間であったことは言うまでもない。
 しかし、今日は一日が長い。
11月24日(水) すべてはこの夜に
 今宵今生の別れ。と、そういう訳ではないが、明日から妻は我が母とともにタイ・カンボジアへと旅立ってしまう。おまけに自身も戦没者慰霊の式典のために明日から沖縄である。よって、しばらく顔を合わせることはないからということでもないのだが、今晩は一緒に食事をすることとする。とはいえ、自宅でだけれども。しかし、いつもならば2、30分で済ませてしまう家出の食事も今宵ばかりはいささか様相が違った。普段、家では缶ビール1本を空けるくらいなのだが、今宵は先日、我が誕生日の際にはかりや珠江県議に頂いたワインなぞを空けてしまったりして。決してこんなよそ行きなこと(食しているのは冷蔵庫の中身の在庫一掃に近いものであったが)をする、もしくは、しなければならない、やましい事がある訳ではないのだけれど。なぜかこんな感じでゆっくりと食事をすることとなってしまった。もしかして、これは結婚10年目を迎えた我が夫婦にも、まだまだ「愛」があるということか。って、そんなことはないか。たまたまだな、たまたま。戯言言ってないで、早く明日の準備をせねば。
11月23日(火) そのぬくもりに用がある
 まさに小春日和といった感の一日。そんな中、麻生区役所・市民館敷地内では、あさお福祉まつりが賑々しく開催された。例年通り、開会の式典に出席をした後、会場内をぶらぶらと歩きまわった。陽射しを直に受ければ、ほんのり汗ばんでくるほどであった。区内にある、様々な福祉関係団体、地域作業所のブースを見て回れば、いつしか手にはいろんな小物、そして胃袋には食べ物が入り込んでくる。
 午後は虹ヶ丘球場での川崎市学童軟式野球大会の閉会式にお邪魔する。ちょっと早めに出かけて、決勝戦でも観戦しようかと思っていたのだが、時既に遅し、球場についた頃は、既に閉会式の準備に移っていた。残念ながら、我が麻生区の「みどり少年野球部」は決勝戦で宮前区の向丘サンダースに負けてしまった。沈み行く陽の光は球場をオレンジ色に染め、それはどこか本年の野球シーズンの終わりを告げているようでもあった。

【写真:福祉まつりにて、そばをすする笠ひろふみ衆議院議員と私】
11月22日(月) Shock Treatment
 この間、飯を食っている最中に歯が欠けた。左上の奥歯。さして硬いものを噛んでいた訳ではないのだが、それは突然であった。それまで、なんとなく何かが挟まったような妙な感覚はあったのだが、それが今思えば予兆であったのかもしれない。まぁ、既に2週間ほど経過してしまったので、いつまでもホッポらかしておく訳にもいくまいと思い、歯医者へと足を向けた。この際だから、3年ほど前に詰め物が取れてしまったきりとなっていた左下の奥歯も治療してもらうこととしようではないか。とりあえず本日の所はそれぞれの初期治療のみで仮の詰め物をされて終わった。歯に穴が開いていない状況は3年ぶり。しかし、ただそれだけのことである。
 ところで、またしても何の脈絡もなくホームページのデザインが一新された。まぁ、一新というほどの変化ではないけれど。変わった理由はホームページ製作を担当している我が妻が飽きたというだけである。このページは、私の活動報告のスペースであると同時に、彼女の習作の発表の場でもあったりするのでした。ということで、何度目のデザイン変更か知らないが、新しくなった本ページの引き続きのご愛顧をよろしくお願いします。
11月21日(日) Rolling Lucy
 LucyのLIVE DVDを観た。残念ながら日程が合わず生でLIVEを観ることができなかったので、DVDとはいえ、これはこれで嬉しい限りである。所変われども、今井寿の格好良さは相変わらずである。特に“GA GA DISCO”は、謎のダンスも含めてカッコ良すぎ。ちなみに、このシーンはVictor EntertainmentサイトのLucyページにて視聴ができるので、興味と暇のある方はご覧あれ。とはいえ、決して歌がお上手というわけでもないし、こうした類のモノに慣れてない方にはさてどんなものやら。まぁ、時間のある方は、ということで。たまにはこんなのも良いかも知れないし。しかし、こうして本当にギターという楽器を弾いている氏を、これだけ観られるのも貴重であるかもしれない。ましてや、“テキーラ”での動きなどは、それこそもう生で観ることはできない貴重なものかもしれない。
11月20日(土) earthache
 今日は午後昼過ぎから、県民間保育園協会の大会が藤沢市であり、その式典に厚生常任委員会副委員長として出席をさせていただく。協会の会長は、県議会の、そして川崎の大先輩である奥村栄氏。前期で引退されるまで議員生活52年、そんな大先輩である氏を表敬せねばなるまい。そんな思いも胸に小田急線に揺られて藤沢に向かった。のだが、車中、どうにも腹が痛い。取り立てて便意を催す類の痛みではないのだが、激しく腹部全体が痛む。新聞を読みながら気を紛らしているうちに藤沢駅に着いたのだが、痛みは治まらず。開式までまだ時間があったので、ちょっと休もうかとも思ったが、適当な場所を探しつつ歩いていたら会場に着いてしまった。一歩踏み込む度に痛んだ腹も、待合室で座っていたら幾分か落ち着いてきたので、式中は持ちこたえることができたが、一体何なのだろうか、この痛みは。
11月19日(金) 僕の顔 (WE ARE THE CHILDREN)
 午後、県立こども医療センターの運営協議会に出席をせねばならなかったために横浜へ。その前にちょっと県庁に立ち寄って、なかなか時間の取れなかった陳情1件について調査を投げておく必要があった。協議会が終わってから県庁に戻ってその報告を伺うため。わざわざ寄らずとも電話で良いのかもしれないけれど、頼みごとをするのに電話で済まそうってのは、まぁなるだけ避けたいとは思っているが故。
 さて、協議会では型どおりにいろいろと事業報告を承ったのだが、まぁ、そんなことよりも何よりも、一番有益であったのは当院の先生方による「小児心臓外科の最近の進歩」「小児虐待における頭部画像診断」の研究発表。こうした類のものは、正直専門用語を駆使されたりして、さっぱり判らんという事が往々にしてあるのだけれど、どうしてどうして、大変判りやすかったのである。
11月18日(木) HEAVENLY
 今月の頭、少々風邪っぽい予兆があったところだが、「ひき始めが肝心」とばかりに、珍しく自分としてはそれなりに気を使ったこともあってか、以後ひどくなることはなかった。しかし、そんな所に気の緩みがあったか、今朝起きると少々の頭痛に鼻もムズムズ、体もちょいとダルイ。昨日も目が腫れぼったく感じ、頭も若干ボーっとしてはいたのだが、それは全て寝不足と長時間の運転によるものであると思っていた。まぁ、どうであれ風邪がひどくなることだけは避けたいので、今朝はちょっと長めに休ませてもらうこととした。非生産的な一日。
11月17日(水) Mother Nature's Son
 本日は、厚木市七沢にある県のリハ関連7施設(2病院・5福祉施設による医療と福祉を一体で行っている複合施設)を視察させていただくことになっていた。時間は朝の9時半から。ということで、宮前区の福田紀彦県議をピックアップして川崎インターから東名高速に入った。当方の思惑では余裕で予定時間に現地到着という運びであったはずなのだが、想定外の出来事ひとつあり。東名集中工事。本線への合流すらなかなかできないド渋滞の様に予定通りの到着は早速あきらめた。結果、現地到着は11時ちょっと前。いやはや、お待ちいただいていた神奈川県総合リハビリテーション事業団(県から当施設の運営を委託されている第三セクター)の林理事長他の皆さん方には申し訳ない思いで一杯であった。時間をずらしていただいたとはいえ、午後は午後でお隣にある県の自然環境保全センターの視察をお願いしていたこともあり、随分と駆け足での視察となってしまったのは残念であった。

 ※写真左は自然環境保全センターの野外施設内でのひとコマ。右は「なめこ」
11月16日(火) Speech
 この季節、国会議員さんを中心に政治資金パーティーが花盛りである。あの人もこの人も、果てはお会いしたこともない代議士からもご案内が送られてきたりもする。しかし、その全てに付き合っていたら、コチラの資金が枯渇してしまうだけ。とはいえ、付き合いの範囲内のものについては選別もしつつ、といかねばならない。どうあれ、この世界も義理と人情である。
 ということで、昨日の笠ひろふみ代議士に続き、今日は阿部孝夫川崎市長のそうした集会。しかし、コチラはいわゆるパーティーではなく、川崎駅前に新しくオープンしたミューザ川崎シンフォニーホールで、歌手の小椋佳のコンサートという趣向の変わったものであった。しかし、小椋氏には悪いが、当方氏の唄に聴き惚れるほどの年でもなく、暇でもなかったので、市長の話を聞いて失礼することとした次第。
11月15日(月) Happy ! Happy !
 先月、台風のために足止めされてしまった初の沖縄行き。その際の目的であった上里ただし氏の応援は、結果として遠いこの神奈川の地からの「声援と祈り」だけであったが、昨日がその那覇市議補選の投開票、件の上里氏は3位で無事初陣を飾ったことを今朝インターネットで知った。本当におめでとうございます。でも来年7月には本選挙があるということなので、まだまだ大変そうだ。
 本日は朝から民主党神奈川県連での会議。午前中はこれに費やす。
 夕刻からは東京は赤坂プリンスホテルで開催された笠ひろふみ衆議院議員のパーティーに出席。こうした類のパーティーでよく見受けられるような客層とは違い、若い方々の姿が目立ったのが結構新鮮であった。
11月14日(日) Bowling Machine
 かねてより準備を進めてきた後援会主催によるボウリング大会の日。開催に当たっては、食器洗い機から、折りたたみ自転車、ビデオデッキ、DVDデッキ、さらにはお米、納豆などなど。様々な豪華商品を地域の個人や企業の方々からの協賛を頂いての開催である。本当にありがたい限りである。室内競技ゆえ、天候に左右されることはないとはいえ、幸いにして天気予報ははずれ雨も降らずに済んだ。何にせよ、こういう日は雨などは降ってくれないほうが良いに決まっている。ましてや、ただでさえ、こういうイベント的な日は、ことごとく雨に祟られ続けているのだからね、わたしゃぁ。
 とにもかくにも、ご参加いただいた方、協賛をいただいた方、そして無事に開催できたことに感謝。
11月13日(土) 夢見る君と僕
 本日は千代ヶ丘小学校の30周年を記念しての式典と祝賀会。式典における1年生から6年生まで学年毎の出しもの(とはいわないか?)を最前列で拝見をさせていただく。近頃の子供は随分と大きくなっているような気もしていたが、いざ間近で見てみれば6年生でもいやはや小さいもんであるし、当たり前ながらやはり子供である。かくも一様に一生懸命な姿を見せられると、年を重ねると共にヒネた物の見方をするようになってきた我が身が何ともかんとも、いやはや、まぁ、恨めしいものである。
 しかし、小学校における式典の定番ともいえるあの掛け声物。これの起源はいつ頃なのか、それは定かではないが、随分と古くに始まったものであることは確かであろう。これはこれから未来永劫受け継がれていくものなのであろうか。それともこれに変わる、何か画期的なものでも生み出されるのであろうか。それならばどんなものがあるのかいななどと、そんなつまらぬことを考えながらも、しばし楽しませてもらった。
11月12日(金) Tears At The Birthday Party
 本日、35回目の誕生日を迎えた。これといって感慨はない。
 決算特別委員会の一日。本日をもって、公営企業及び病院事業の平成15年度企業会計の決算審査は終了、年明けの一般会計及び特別会計の審査まで、しばし委員会はお休みとなる。本日の総括質疑には、我が会派ははかりや珠江平本さとし両議員が登板。私の質疑は年明けの後半戦になることでしょう。ちなみに審査の動向はといえば、賛成多数で認定と相成りました。民主・かながわも賛成。
 夜は決算委の打ち上げも兼ねて、仲間の議員さん方がしがない30男の誕生日を祝ってくださいましたとさ。
 その他、家に帰ってみれば、地域で日頃支援下さっている方や、ご助言を頂いている方などから、お花やらお手紙などが届いていた。どれもこれもみんな全て、ありがとうございました。
11月11日(木) ふれあい
 午後、議会改善に向けた小委員会があり、昼前に県庁入り。勝手な想定時間より長引き、かつ終了後控え室でチョコチョコ細かい作業をしていたら、伊藤ひさし市議後援会主催のゴルフコンペのパーティーには到底間に合わないということを悟る。時間を読み違えた。
 とまぁ、そんなことで仕方が無いので、とりあえず百合丘の事務所に戻り、妻を車に乗せて向かうは、川崎中小企業・婦人会館。「知事と語ろう!神奈川ふれあいミーティング」本年度のトリを飾る川崎での開催である。日頃から広報がどうたらこうたらと発言をしてしまっていることもあり、こうした機会をも通じながら、県の抱える課題について関心を深めてもらいたいという思いもあり、地域の方にお呼びかけをしてしまった手前、自身が行かない訳にはいくまい。妻を連れ立ったのは、まぁ、特段の意味は無い。雰囲気である。会場も実に多くの参加者を得て、質疑等々もそれはそれで随分と盛り上がったりもしていた。強いて言えば、川崎だということを差し引いても、何だか見たことあるような人が多かったような、そうでないような。何でだろうね。思っていたよりは少なかったというのが、実のところだけれど。それに慣れすぎちゃうのはよろしくはないし、よもやこれを当たり前だと思ってしまっているということはないだろうな、と思ってしまいたくもなる。これは決して健全ではないということは言うまでもない。現実をしかと見つめるというのも大事である。
 って、昨日に続いて意味不明な締めだな、これじゃ。まぁ、何も今日ここでふれあわなくてもいいんじゃないの?ということである。
11月10日(水) グッデイ
 定例の議会運営委員会の開催日。よって、民主党・かながわクラブの団会議も併せて開催。まぁ、とりたてて、特段面白みのある一日ではなかった。と言いながらも、はて、そんなに面白みのある一日というのは、実際のところ、一年のうちにどれだけあるのだろうか。そんなことを考えてみる。結構少ないのだろうな。まぁ、もちろん、そんなに日々の生活が奇想天外な出来事に満ち満ちていたり、波乱万丈なものであろうはずが、そもそもないし、それを積極的に望んでいるわけではない。何かと世話しない毎日、ただ時間をやり過ごすというのもなんだが、自らの身の回りに奇想天外なことが起きようと起きまいと、平々凡々とした生活のなかに、ささやかな幸せ、喜び、楽しみを見出す。まぁ、それが実は面白みのある生活ということなのかもしれない。しかし、実際はそんな余裕を持ち合わせてないゆえ、カーボンコピーで焼いたような無味乾燥な毎日を過ごしている次第。
 なんだか今日は少々爺むさいな。文脈も無茶苦茶だし。
11月9日(火) Moroccan Peoples Revolutionary Bowls Club
 ロータリークラブの例会に出た以外は、週末に開催するボウリング大会の最終準備に時間を当てる。開催に当たっては、多くの方々から商品のご寄贈を頂いたが、それらも大分出揃ったので、さて振り分けでも思うも、これがまた意外と悩まされたりもする。機械的に適当に振り分ければ良いと言えば良いのだけれど、それなりの商品をそれなりの所に当てはめるというのもあまり面白味もないので、まぁ、頭を巡らしたりするのである。商品のラッピングも自前で。お手伝いを頂いたご婦人連には感謝。
11月8日(月) Dance to The Ruin
 決算常任委員会。本日は平成15年度病院事業決算の審査である。我が会派からは松崎淳、福田紀彦両議員が質疑を行った。ジェネリック医薬品、医療事故、防災対策などなどをテーマに取り上げた。
 いやしかし、平成9年に策定されたこども医療センターの防災マニュアル。そこに掲げられていた10点ほどの今後の検討事項が今もってほったらかしになっていたといっても過言ではない状況には驚かされたものだが、それよりも何よりも、今建設中の新棟が完成してからマニュアルに位置づけようだなんていうのも、まったく持って馬鹿にした話。
 はたまた、県では、来年度から病院事業に公営企業法を全部適用するということで検討が進められている所だが、それに伴って新たに事業管理者を置くということになる。これは単純に比較することはできないが、民間企業で言えば、まぁ新たに社長が誕生するということである。不採算医療の担い手としての県立病院という側面はあるにしても、そのなかにあっても当然、経営感覚というものも求めれれてこようし、その姿勢、方針というのも今後の県立病院経営には大きな影響があるはずであろう。が、平成14年から18年の期間で設定されている現行の「県立病院経営改善計画」の改定の必要はナシだそうだ。せっかく新たに置かれる事業管理者も自らの方針を計画に示さぬままに来年度から2年もの月日をやり過ごすということか。それとも、19年度からはまた新しい事業管理者が県の人事でやってくるからあえて無駄なことはしないって事か?所詮はオール県庁の人事上のいちポスト、名ばかりな管理者ということなのか?全部適用をしたからといって、行政当局が言うように、ハイ明日からは黒字経営とはいかないことぐらいは百も承知。だけれどそんな事とは別に、外見体裁がどう変わろうとも、中身が相も変わらずこんな体たらくであるのならば、そりゃいつまで経っても県立病院の経営がちょっとでも改善に向かうということもなかろう。心意気ってものが無ぇ。
11月7日(日) Fight This Generation
 午前中、少々ゆっくりとさせていただき、午後から麻生スポーツセンターにて開催の川崎市少林寺拳法大会の開会式にお邪魔した。指導者の方々による演武の迫力は言うまでもないのだが、小さな少年拳士たちもなかなかなものである。何より驚いたのは、式中、出場拳士達が一斉に「突き」?を繰り出すに及んでは、右に突けば右に、左に突けば左にと体育館が揺れたことであろうか。これでこうなのだから、いつぞやの報道にあったナゴヤドームでのコンサートで、近隣の家々が揺れたというのもさもありなんってところである。ところで、短い時間ながら大会も拝見をさせていただいたのだが、大人のそれとはまったく違う趣きの少年拳士たちのかわいらしい掛け声には、正直微笑ましく思った次第。
11月6日(土) Caravan
 本日も昨日に続き午前中は陳情絡みの作業。そんな事を時間を気にしながらやっていれば、あっという間に新百合ヶ丘駅で予定されていた、民主党年金キャラバン街頭演説の時間が目前に迫っている。急ぎ新百合へと向かう。昼飯にカップ焼きそばを胃袋に詰め込んでから。
 さて、本日の街頭演説会、海江田万里衆議院議員浅尾慶一郎参議院議員を招いての会である。「年金の議論を終わらせない」この民主党の年金キャラバンのキャッチフレーズ?のもと、単にマイクでがなり立てるだけではなく、両氏による青空年金相談なんて企画もしてみた。さて、そんな企画に街を行く人たちが参加してくれるだろうか?そんな不安もあったのだが、まぁ、とりあえず結果は上々といったところであろうか。また、あわせて行ったのが「新潟中越地震」の災害復旧義捐金の募金活動。こちらも小学生の小さい子らも含め、本当に多くの方々にご協力をいただくことができた。こちらについては、ただただ感謝である。
11月5日(金) 悩んで学んで
 どことはナシに昨日の酔いが残っている。これは飲酒によるものではなく、乗り物酔いの部分が随分と多い。まぁ、そんな体の状態で酒を摂取するのもイタダケナイ話なのだが、しかたない、そういう予定を入れてしまったのだから。
 本日の前半は陳情への対応、処理にのみ費やされる。方々に電話をかけていたら、あっという間に昼を回っていた。いろいろと仕事が立て込んでいる時に、何を優先して取り掛かるべきか?これは結構悩ましい問題である。一番簡単なのは、もちろん期限が区切られているもの、締めが決まっているものからということにはなろうが。大体がそう締めが変わらん時というのも往々にしてあるのだから悩むのである。また、その一方では、楽なもの、すぐに解決できそうなものから取り掛かり、仕事の総数自体を減らそうというのもあるな。でも、そうすると後に面倒くさいものが残ることになる。これはこれで、それに取り掛かるときには腰が重いということにもなりかねない。まぁ、なんであれ、結局は自分が本当は一番やりたいことが、延々できないということになるのだけれど。って、じゃぁ自分が一番やりたい事とは一体何なの?
11月4日(木) どこにいる
 決算特別委員会での現地調査。本当ならば朝も早い時間に横浜駅近くにある県民センター集合というところなのだが、最初の調査地が津久井発電所ということで、10時40分、現地での合流を選択する。朝の時間は貴重である。百合丘から電車で1時間弱の所へ行くのに、わざわざ1時間以上もかけて横浜まで行くことはあるまい。それに、それよりも何よりも、横浜から津久井まで延々とバスに揺られねばならないという苦行は、私にとって是が非でも避けたいことであることは、このページを良くご覧になられている方には既に十分ご承知のことであろう。まぁ、危機管理である。案の定、2ヵ所目の調査地であるこども医療センターに向かう道中は苦痛であった。気分悪い。
11月3日(水) 生きている
 昨晩のことを考えれば、爽やかとまではいえないものの随分とすっきりとした目覚めであった。むしろ寝すぎたくらいなのか、体が痛い。まぁ、夕べ思う存分胃の中のものを出し切ったのが良かったのかな。とはいえ、決して朝食をとろうという気にまではならなかったけれど。
 今日は随分と天気の良い一日であった。日の光を浴び、外を歩いていれば少々の汗も出てくる。もちろんこういう汗は、昨夜流した汗とは比べ物にもならないのは言うまでもない。そうこうしていれば、自ずと飯も喉を通りそうな気配にもなり、なぜか明太子スパゲッティが食べたくなったので、スーパーで明太子を買って家に帰った。胃の中は空っぽだったからか、手前味噌ながら大変美味かったのである。
11月2日(火) ワインのばか
 本日は決算特別委員会、公営企業会計決算の審査である。午後になり、我が会派の竹内、本村両議員の質問の際、答弁者席にいた当局職員の方が倒れるというアクシデントが。急遽、委員会は休憩し、救急車の到着を待つこととなった。こんな経験はもちろん初めてのこと。幸い、病状も大したことはなかったとのことなので何より。
 夜、会食の席があり、そこでご一緒した方と2軒目に行ったのだが、店に入ってまもなく、柄にもなくワインなんてものを含んだあたりからだろうか、急に酔いが回りだした。体は熱いわけではないのだが汗は止まらないし、おまけに吐き気をも催した。というより、吐いた。という訳で、失礼ながらも早々に失礼をさせていただき、家に着くなりベッドに直行。12時前に就寝なんて珍しいことしきり。
11月1日(月) 始まりとは
 今日から11月。毎度毎度ながら、こうして月初め、月の変わり目となると、時の流れの早さを否応なしに感じさせられるのである。さすがに肌寒さなんてものも感じる頃合となってきたとはいえ、たま〜に暖かくなったりもして、どうにも悩ましいところもある。
 それだからという訳ではないのだろうが、そんな季節の変わり目を迎えて、少々風邪っぽい。ちょっぴり頭が重く感じつつ朝を迎えた。鼻水も少々。そんなことで、本日は会派内に設置されたプロジェクトチームの面々で津久井方面に現地調査へと出かける予定となっていたのだが、セッティングに精を出された座長、事務局長には申し訳ないが、キャンセルをさせていただくこととした。
 風邪はひき始めが肝心。そう肝心なのだ。

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