3月28日(日)〜31日(水) Free Way Lovers
 昨年末のとあるパーティーで当たったグアム旅行ペア招待。今年度内に行使しなければ無効になってしまうとあって、いくつかあった地元の会合をキャンセルをさせていただいての夫婦での久しぶりの旅行決行である。しかし、とてもグアムへ行こうという気にはなれず、北海道は流氷ツアーへと切り替えての旅行である。まったくの正反対の気候の所へ赴く、これもまた一興。
 ということで、羽田空港を発ち千歳空港に降り立つと冷気を含んだ心地よい風が我が身に吹きつけるのであったが、意外に寒さはない。初日のお宿は層雲峡温泉、なのに何故千歳空港なのかは分からぬが、ともあれバスに乗り込んでの5時間強に及ぶ行軍は、バスが苦手な私たち夫婦にとってはただの地獄でしかないのであった。
 【凍てつく阿寒湖】

 さて3日目、網走に場所を移しての今ツアーのメインイベントたる肝心の流氷クルーズであるが、事前情報でもう既に流氷はなくなりつつある状況(海明けも近し?)という事を、先に観てこられた支援者の方から聞いてはいたのだが、一縷の望みを抱きつつその日の朝を迎えバスに乗り込むと、「高波のため船は欠航」というあまりに無情なバスガイドのアナウンスがあった。ある意味では大変リスキーなツアーである事は理解をしていたとはいえ、いざ中止となるとショックは大きい。何よりもそれだけのために申し込んだツアーであり、風呂やらみやげ物屋にまったく興味のない私にとっては何のための3泊4日かということである。まぁ、県庁に3泊4日よりかはましか、そんなことを思ってみても何の慰みにもならないのであった。もちろん、タダで行ってる旅行なんだから、贅沢を言っちゃいけないのだけどね。
 そんなこんなな北海道ツアーだったのだが、久しぶりにこれだけの時間を夫婦で過ごしたこともあって、それはそれ、とても充実した時間でもあったのは確かである。ただ、仲人親のお達しだけは守れなかったけど。
3月27日(土) 23:41 Love Glitter
 秘書時代からお世話になっている方のお嬢様の結婚披露宴にお招きを受けた。ともすると、こうしたケースは、当の新郎なり新婦自身とはほとんど面識がないということもよくあること。しかし、今日ばかりは新婦のみならず、新郎とも同じ草野球チームのメンバーと既知の間柄。和やかかつアットホームな宴に、ここのところの疲労感もどこかへと飛んで無くなり、楽しいひと時を過ごす。本当は一人娘を送り出す新婦の父がぼろ泣きするのではと、そちらも楽しみにしてもいたのだけれどね。
 さて、明日から4日間、北の地へとちょっと旅に出てきます。しばし、更新はお休みです。皆さんお元気で。
3月26日(金) Farewell Farewell
 天気予報が伝えていた本日の気温ほどは暖かさを感じられないながらも、百合ヶ丘駅前の桜の木々もその色合いをより鮮やかに染める。そんな光景を横目に、午前中は自ら銀行やら郵便局へと歩く。普段しなれない作業というものは、なかなかに新鮮である。そんな中で気づいたことをひとつ、横浜銀行の女性行員の皆さんが制服ではなくなっていたこと。別に制服好きではないけれど。そして、百合丘のはまぎん前でよく目撃をされていた子ブタの姿もとんと見かけなくなった。これも時の流れ、よもやペットしての役目を終え、食べられてしまった訳ではないと思うが。
 夕刻から関内での用件があったので、ちょっと早めに出かけ県庁の控え室で作業をする。今朝の新聞にもあったが、県庁もそろそろ人事異動。あそこの課長は今度誰それがなるだとかいった事が洩れ伝わってくるなかで、この季節ならではの悲喜交々、そんな光景にも触れることができるのであった。
3月25日(木) 25:48 absence
 昨晩の少々の深酒がダイレクトに今日一日を左右する。まずは、久しぶりに百合ヶ丘駅前の我が事務所に入り、いろいろと積んである書類の整理もしなくちゃならないし、そういえばこのページの更新もたまってるし、おまけに伸びてクルクルになりつつある髪の毛もこの際だから切っておきたいし。まぁ、そんな感じでやりたいこと、やらなきゃならないことはたくさんあったのだけれど、長かった定例会明けのちょっとした放心ムードも手伝って、自らをその気にさせるのにひと苦労である。
 ところで、百合ヶ丘駅前付近の桜も随分と花が開き、華やかな雰囲気をわが街に与えようとしている。そんな事に言及する柄ではないのだけれどね。年が変わって、年度が変わって、そんな時々の節目はあるけれど、気分は別にしても、全ての物事を完全にリセットして無から再スタートをきることはできないのは判りきったこと。しかし、そんなことにでも救われる部分がちょっとでもあるのであれば、気休めとはいえそれにすがるのもまた良し。
 とにもかくにも、本格的な春の到来である。
3月24日(水) Children Of The Revolution
 不覚にも寝すぎてしまった。起床の時間としては全く問題はない(もちろん寝坊ではない)のだけれど、寝すぎて却って体がだるいような、重たいような、痛いような。おまけに春という季節特有の気だるさもあるのかな。
 さて、いよいよ2月定例会も本日を持って最終日。年が明け、議会的には決算特別委員会、総合計画特別委員会、合間に98条委員会ときて、2月半ば過ぎからは定例会開会とこの3ヶ月間何やかやとず〜と議会が開けれていた感もあり、例年以上に長〜く感じるのであった。いわく「議会制民主主義の基本を確立するために重要だった」とはこれっぽちも思えない、全く意味のないのエゴ丸出しの空転期間もあったから尚更である。かように、いろいろとあった今定例会ではあるが、松沢知事にとって始めての通年予算の編成であった平成16年度当初予算も、過程にあった気分の悪さは拭いきれず、爽やかにとはいかないがとりあえずは可決。知事の特別秘書制度(に関する条例案)については、勝手に妄想に基づく否決ムードのまま、制度論を制度論として純粋に議論されずに否決。後は本会議での討論もいわば最後っ屁みたいな嫌味がいわゆる自民党をはじめとする野党3会派から繰り出される。それに比べて、ある意味理にかなっていた市民の党の知事への批判含みの討論に対し「いい指摘だ」「そのとおり」、そんな言葉が自民議員から飛ばされるに及んでは、それなら、なぜそれを自分たちで指摘しないのか、それとも直接は指摘することもできない大人な事情でもあるのかしら。嫌味ってのは、誰がなんと言おうとやっぱり嫌味でしかないんだからね。そんな意味では、マスコミさんの指摘どおりの「子どものけんか」のままに、この定例会も終わったということか。それならば残念なことである。
3月23日(火) 夢見て眠ろう
 調整日。この日を乗り越えれば、定例会もほぼ終わったようなもの。例によって、意見書案等の文案調整が進められる。会派の政調サイドとして、その進行具合やら会派としての対応などを図りつつ、明日の本会議での討論の原稿作りの調整も。そんな感じで政調会の部屋にメンバー寄り集まって篭っていれば、気づけば時計の針は夕刻を過ぎて夜へと、あっという間にそして淡々と経過していたのであった。とりあえず、おおよその予想に反して(というほどでもないが)事は比較的早く進み、議会運営委員会の開催を経て本日の全行程を終了、午後8時には県庁を後にすることができた。さすがの空腹、同期の仲間で蕎麦屋で少々のお酒とそばを食って帰宅する。程よい酒の摂取は人を心地よく眠りへと誘う。12時前に就寝。
3月22日(月) 26:48 BAD DREAMS ALSO COME TRUE
 先週までのある種の喧騒はどこへやら。今日は平成15年度補正予算他、現年度関係議案の採決につき本会議が開かれる。開会時間こそ遅れはしたものの、始まってみれば30分弱の時間で閉会。午後2時半前には議会から解放される、去年までなら当たり前のような情景が今年、今回に限っては逆にイレギュラーにすら感じるそんな一日。良いか悪いかは別にして、淡々と、極々淡々と進む本会議他の日程に少々居心地の悪さすらをも感じてしまう、そんな一日であった。
 2月定例会も残り後2日、もうこれ以上は何も起らんだろうとは思いつつも、ここまで急激に平穏無事な一日がやってくれば、これからの2日間に大きな逆ブレがあって何が起るかも判らんなぁ。ついついそんなことを思ってしまうのも、それはそれで致し方ないことか。嫌なことも考えすぎると逆に実現してしまうかも知れぬ。余計なことは考えずにさっさと寝ることとしよう。
3月21日(日) 23:38 Impatience
 過日、実家に帰った際にたまたま何気なく見た小さな頃のアルバム。そこには、とある3枚の写真があった。いづれも私自身は写っていないが、それぞれの写真には、神奈川県議会の本会議場、県庁の新庁舎屋上から横浜スタジアム方面の眺望、そして本庁舎正面玄関付近でのものが写っている。昭和54年、小学校4年生の時の社会科見学で神奈川県庁に訪れた時の写真であった。本会議場の写真には、たまたまこれまでの5年間私が座っていた議席がすべて写っている。この時には、まさか自分自身がこの議場の椅子に議員として座ることになるとは、当然のことながら思うべくもない。当時は議場を見て何を思ったのか?それも思い出すべくもないが、ここのところの2週間ばかりを振り返りつつそんな写真を見れば、単なる郷愁だけではなく、ある種焦燥感にも似た何とも表現のし難い妙な気持ちをも抱くのであった。
3月20日(土) 22:47 NO CONTROL
 不覚にも、迂闊にも、おまけに不本意ながらも午後3時過ぎ、ちょっと疲れたので家で横になったら、いつの間にかそのまま眠りに落ちてしまった。起きたら夜8時過ぎ。そんなこんなな、今日は何もしてない、いや何もできない一日となってしまった。ソファで寝てしまったせいで体は少々痛むが、睡眠不足は随分と解消。先週の議会空転から、昼となく夜となくというなかで生活のリズムが狂いつつある。決してよろしくはないような最近の我が暮らしぶりである。
3月19日(金) It's No Game
 常任委員会最終日。他委員会での動きがいくつかの憶測を呼ぶ状況ながら、環境農政常任委員会は自民党から恒例の厭味がかまされながらも、午後5時前に全ての議案につき可決する中で平穏に終了。
 それよりも何よりも、今日のメインはやはり総務企画常任委員会。新年度予算案を巡り、自民他いわゆる野党3派から知事公舎に係る予算(1100万)を削って予備費に回すという修正案が提案されるやも知れぬ状況の中で、昼食休憩後一向に開かれぬ当委員会であった。午後11時40分頃に再開、知事公舎に関する予算の執行は、検討委員会を新たに設置し、その検討結果が出るまで凍結をする旨の発言が松沢知事からなされたところで再び休憩。午前1時ちょい前に再開され、知事の特別秘書制度に関する条例案のみ否決という形で終結した。痛み分け、三方一両損、そんな言葉も浮かんでくる中で波乱続きの2月定例会の会期も最終最後、本会議での採決という段階を残すのみとなった。
 午前2時、県庁を後にして、残っていたメンバーで一杯だけ(個人差はあるが)酒を飲んで帰宅する。1万円強のタクシー代が我が懐に重くのしかかる。
3月18日(木) 26:11 幸せな人
 98条委員会開催。委員会設置を主張されていた方々自身が、既に方向性を失いつつあるのではないかという状況の中で、本日も議論、追求に至らぬままに閉会となったらしい。とはいえ、これは伝聞。今日は県庁へは行っていたものの、別件に取り掛からざるを得ない中で、委員会を傍聴できず。委員の他、傍聴者から伝え聞くところでは、まさにそんなところであり、低調ぶりにも程がある、あまりにお粗末な内容であったらしい。だいたい質問を投げている側が、問うてる問題についてこれから調査をするので委員会を休憩してほしいと委員長に申し出る、そのあまりな身勝手さもよく判らんが、それを認める委員長もいくら同じ会派だからといって、そりゃぁあまりにもあんまりじゃないの?と思わざるを得ない。質問するのなら、十分に調査を済ませてからやるもんでしょ、ふつう。それとも、これって委員会を開催することを決めちゃったから、しかたなくやってる膨大なお金を使った贅沢な時間つぶしですか?
 てなことで、他にもいろいろとあったが、本日は県政にとっても、私にとっても何一つ得るものの無い、そんな一日であった。強いてあげるなら、我(エゴ)を通すための新しい理屈を覚えたということか?それは私の価値観に照らすと、わがままの範疇に分類されるものではあったのだが。
3月17日(水) YOROKOBI NO UTA
 予算委員会最終日、先週の議会空転が及ぼした影響が最も現れた一日である。朝10:30開会の夜9時過ぎ終了予定の過酷な日程である。おまけに、今日は開会後トップバッターでの質問登壇。朝イチ質問というのは正直、気分的にも遠慮したいもの。まぁ、そんなことは言っても詮無いことなので、コミュニティビジネスの話を中心に「地域資源の活用と地域活性化について」という事で30分質問をさせていただく。この30分という持ち時間は結構微妙な時間でもあって、1点集中で突っ込むのならまだいいが、ともすると中途半端感を味わうことにもなりがち。
 予算委員会も早々のトラブル、ゴタゴタも無いうちに推移してきたが、今日も若干の答弁調整という場面はあったものの、夜10時前には無事終了。議案審議のステージは金曜日再び常任委員会へと移る。そこで、来週水曜の定例会最終日の採決におけるおおよその方向性は見える。これもまたひとつの大きな山場。まだまだ、お気楽ご気楽になる訳にはいかないけれども、これだけの長丁場の一日の審議が終わったところの正直な気持ちは、あぁ、やっと終わった、良かった良かった、てなところ。少しばかりはそう思っても罰は当たらなかろう。
3月16日(火) 26:53 Bind
 予算委員会2日目、今日は松沢知事の出席がないためか、昨日に比べれば静かな中に推移する。しかし、朝10時半から夜の7時半近くまで、その間はお昼に1時間、合間に15分の休憩が2回、それ以外は当局出席者の入れ替えのために設定されている5分休憩が各会派の質問ごとに設定されているだけとあって、まさに一日中、委員会で拘束されていることになる。これでは、陳情処理も含めてその他のことは全くといっていい程できないのであった。仕方のない事といえば仕方のない事だし、当たり前だといわれれば、これまたまさしくその通りなのであるが、そう長引かせることもできない相談事もあるのも事実。県関係のことであるのなら、まだいくらかは対応はできるのだけれど。まったくもって悩ましい限り。
3月15日(月) 24:00 アンダースタンド
 5日遅れで始まった予算委員会、今日から3日間まさに集中的に審議されることになる。またぞろ知事の発言に対し、「反省せよ」といった展開で30分ほどの審議ストップがあったとはいうものの、とりあえずは当初の予定と大きな狂いもなく午後6時過ぎには閉会となった。やはり同じ時間をここ県庁内で過ごすのならば、変な意地の張り合いに付き合わされたり揚げ足取りを聞かされるよりは、こうした政策議論、または生産的な場にいたいものである。明日以降も斯くあるように。まぁ、知事が出席をしていないから大丈夫か、な?
3月14日(日) 26:10 風
 県議会空転4日間の余波は当然のように様々な形で表れる。それは精神的、体力的なものにとどまらず、個人的な日程にも大きな影響を及ぼす。麻生区少年野球連盟の春季大会開会式も、いよいよシーズン開幕と楽しみにしていたのだが、キャンセルをせねばならないはめに。
 明日からの議会日程も月火水と予算委員会、木曜は委員ではないが98条委員会、金曜は常任委員会と休みなしで続く。おまけに、空転により当初の予算委員会の開催4日分を3日でこなすことになったので、最終日はなんと朝10時半から夜9時過ぎまでという事態に。もう寝るか。
3月13日(土) こんな日は
 この4日間の鬱屈した気分、せめてもの気晴らしにと思い、夕方遅い時間に妻と二人で散歩がてら新百合ヶ丘まで買い物に出かける。ほどよい気温、心地よい風に吹かれながら、開発が進む万福寺の森(もう整地されちゃって森ではないが)を眺める、小学生の頃にカブト虫を採りにいった山と森はすっかり姿を変え見る影もない。我が実家からの光景はまるで一変。自然保護とかとは別に、こうした新たな街や建物ができてゆく様を視るのは好きなのだが、こんな気分の時だから、尚のこと郷愁に駆られてしまったりもするのである。
 さて、もとよりあまり目的もなく出かけた散歩(買い物)ゆえ、例によってHMVに立ち寄り店内をブラブラと物色する。ニューアルバムがなかなか良かったのでSUPERCARの最近のシングル盤を3枚とAKEBOSHIの新譜を購入して帰る。
3月12日(金) Last Scene
 4日間に渡って無意味に空転した県議会も、その終わりは非常に呆気無いといえば呆気無い結末であった。夜7時40分に本会議が再開され、松沢知事の県民に対するお詫びに始まり、9日の本会議で知事の答弁が無かったというならまだしも、自らの意に沿わないという理由だけで一方的に本会議を休憩、中断させた自民・公明・県政の3会派の代表者からもっともらしい言い訳と押し付けがましい要求がなされて終了。その後の3会派の団長さん方の会見での「議会制民主主義の基本を確立するためにこの4日間は重要だった」、「ルール違反を看過したら議会は成り立たない」といった言葉を見聞きするにつけ、我が耳を疑うばかりである。ともあれ、「子供のけんか」と揶揄された県議会空転劇も、最後ばかりは逆に大人の嫌らしさをもって取りあえず小休止。まぁ、これからはくれぐれもその自らの言葉に反することのない様に願いたいもの。
 ところで、マスコミ報道にもあるように、我々民主党・刷新の会に対し「与党なら解決をつけてみろ」とそんな事を言う輩がいる(事実、直接言われもしている)。マスコミの「与党は存在感を示せなかった」とする意見の全てを否定することもできないことは重々承知をしているが、少なくとも我々は松沢知事の政策を支持するとはいっても、決してその下請機関でもない。ましてや、無定見にただ突っ込むだけにしか見えない今の自民党の尻拭いをするために議会にいる訳ではない。しかし、このところのマスコミ報道を見ていると、意外と彼ら自身が旧来の議会と行政の関係、万事が万事、水面下の交渉やら事前調整をすることのほうがより正しい姿と思っているようでもある。なんだかなぁ。まぁ、自民党や他の2会派の皆さん方も、自分のケツぐらい自分で拭けるでしょ。
3月11日(木) 翌8:03 Tactics
<中間報告1>
 午後4時半近くから始まったカーボンコピーで写したかのような議会。お決まりの時間延長の手続きのためだけの本会議が開かれる。所要1分弱。そこからまた地獄の不毛な時間が過ぎてゆく。ただ今23時20分、もうすぐこれまたここ最近のお決まり、延会の手続きのためだけの本会議が開かれる予定。やはり所要時間は1分弱。議長の喋る内容もすでに丸暗記である。これはあまりいらない知識。
<中間報告2>
 現在午前3時、延会のための本会議以降、何の音沙汰も無いままに3時間以上が経過した。県庁近くのコンビニは、県職員や議会関係者によって買い荒らされたがごとく、その陳列棚には見事なまでに商品(食い物)が無い。
 今回の議会空転の顛末は、一通り片がついたところでまとめて書こうかとは思っていたのだが、ここまで続くともう何がなんだか。あれは何時の事だっけ?ってな感じで、時間軸すらあやふやになりつつある。まぁ、毎日同じことの繰り返しなのだが。
 マスコミ等では「子どものけんか」「子ども議会」とさえも揶揄されている現状を、かの当事者たる自民党の皆さんは如何様に思ってらっしゃるのか?よもや、この期に及んでもまだ謝罪しない(もともとはする必要の無い)松沢知事のせいにされるのですか?この3日間という期間はそんな甘い考えで乗り切れほどの期間ではないのじゃないでしょうか?あぁ、伝統ある大自民党の良識は何処へ。
<中間報告3>
 ただ今午前4時54分、今もって動きが無い。漏れ伝え聞くところでは、当の自民党も一部を除いて寝ているらしい。これが事実ならば、皆さんは何と思うか?
<とりあえず本日最終報告>
 ただ今12日の午前8時、相変わらず動きは無し。ただただ、あきれ返るばかり。このまま県庁滞在は続く。
 続きは12日付欄で。
3月10日(水) 翌朝5:29 薬局へ行こうよ
 また一日、同じことの繰り返し。昨日の記載をそのままコピーすれば、ほぼ事足りる程度の全く持って意味のない一日であった。
 一昨日の98条委員会における松沢知事の発言に端を発する今回のイザコザは3日連続での議会空転という事態を引き起こした。議会のルールなど無きが如くに振舞う自民党が、知事に対し殊更にルール等の遵守を求め謝罪をせよと言うのは、まったく持って滑稽。昨晩の本会議における自民党の緊急質問に対する知事の答弁を納得しかねる、もしくは意に沿わぬという事で本会議を休憩させるという、これまたあまりに我がまま勝手な振る舞い。おまけに、そこからの作戦タイムが2、3時間程度までならま〜だかろうじて許せるが、2日も3日もそれを続けられては、他会派からしてみればただただ迷惑。そんなことを全くの無制限で好き勝手やっている自民党こそが率先して議会ルールを乱していっているに他ならない。こんな事をいちいちされていては、議会など何時まで経っても一向に進まないのである。
 確かに「数は力」という面はあるかも知れぬが、それに漫然と従っていく訳にはいかない。大体、そもそも「民主主義」というのは、単なる「多数決」の言い換えでは無いはずでしょ、決して。
 という事で、明日というか今日もまた同じような事が繰り返されるのか。さすがに、いくらなんでも疲れてきましたよ。
3月9日(火) 翌朝5:28 巨大なダムのありんこの穴
 今日はというよりは昨日はというのが正しい。ただいま10日の朝5時、昨日の午前11時頃に県庁入りしてからというもの、いまだに県庁にいる。本来ならば、昨日は追加案件のみについての本会議と所管常任委員会が開かれて正味2時間ほどで閉会となるはずであったのに、またしても自民党他、公明党、県政県民の3会派による常軌を逸したご乱交に付き合わされるはめに。毎度毎度言うのもまたっくもって馬鹿らしいが、議会のルール、伝統ある県議会の権威、そして「議会と知事(行政)は県政を推進する車の両輪」という言葉は今日の自民党議員の発言にもあったが、本当に本心からそう思っているのか疑わざるを得ない言動には、やはり開いた口が塞がらないままにある私の口は、これから先どこまで開けなければならないのか不安でならない。
 このままの状態で3月10日付に記すであろう時間帯に続くであろうから、また明日。って、今日か。
 まぁ、そんなアホらしい一日、まったくもって無益かつ不毛な一日を過ごさせられる。もちろん現在進行形。
3月8日(月) 24:14 I CAN'T BE SHIT, MAMA
 98条委員会が開かれる。ご承知の通り、松沢知事も委員会への出席を表明していた通り、傍聴のため委員会室に入れば、確かにそこには松沢知事の姿があるのであった。そういう意味では取り敢えずスムーズにスタートした委員会も、質疑が始まり程なくするといつもの調子に。自民党議員から繰り返される質問は、やはり相も変わらず、いや変わりようがないのか?以前の委員会での質問と変わらぬ事を性懲りもなく訊ねては、やはり既に聞いた答弁が反復学習よろしく繰り返されるのであった。何とも有意義な事よ。
 ところで委員会中は、傍聴の議員からの野次も飛んでいるのだが、当の98条委員会の自民党所属の中村委員長、自民党議員が騒がしく野次っていてもお咎めなしのところも、それが民主党・刷新の会の議員とくれば話は別らしい。いきり立って振り向いては「うるさい、退場を命じるぞ」と来た日には、もう、何をか言わんや。どうぞ、お命じ下さいませ。その変わり、全てに等しく公平にお願い致します。それこそが皆さんがよく仰られる「伝統ある神奈川県議会」の正しいひとつのあるべき姿、ですよね?? それとも、どこか間違っていますでしょうか?
3月7日(日) 24:29 日曜日の印象
 朝6時半より、草野球チーム「マリンズ」の初練習。ここのところ室内に篭りっきりの毎日だったこともあり、少々の冷え込みも何のその、鈍い動きながらも清々しい朝を過ごすことができた。練習試合では2打数1安打、こりゃ幸先の良いスタートか?はたまたこれで打ち止めか?
 練習終了後、一旦自宅に戻り朝食をとった後は、地域回りに陳情伺い、その現地チェックを中心に一日を過ごす。途中(一瞬だけだが)突然雪が降ったりもしたが、富士山の姿もはっきりと覗える天候に、自然と気分も良くなったりするのである。このまま、明日以降もいけば良いのだが。今日の朝刊にもあったとおり、明日の98条委員会に松沢知事が出席する意向を示したとの事で、さて事態はどのように推移するのか。
3月6日(土) 22:35 BOYS BE AMBITIOUS
 朝から地元麻生区にある桐光学園高校の卒業式に出席。私立校ならではの厳かな空気の中で進行する式典に、先日行った母校(公立校)の卒業式との差を感じる。もちろん、どちらがどうのこうのなどと優劣をつけるつもりはなく、どちらもそれぞれにすばらしいものであったことは言うまでもない。しかし、国歌斉唱がどちらの式次第にも入っているというのに、卒業生からの歌声が全くと言って良いほど聞こえてこない(生徒だけではないが)、そんな情けなさが我が母校にあったのは事実であり残念。今日のように、こんなに歌声がはっきりと聞こえてくるのはあまり経験はない。関係ないけど、本当に最近の卒業式には涙は無いのだねぇ。
 式終了後、現在工事中の新校舎を見学させていただいた。木をふんだんに使ったそのデザインもなかなか新鮮ではあったが、何よりも心地よい天気の中での屋上からの眺めはこれもまた格別であった。こんな環境で勉強やら何やらと励むことができる生徒さん達を羨ましく思う次第。
3月5日(金) 24:22 Bang !
 本日は特別委員会、委員会そのものは多少の嫌味めいた発言はあるにしても、基本的には平和な中に税財政改革特別委員会は進んだ。副委員長としては委員長に無事ある限りはその出番はない訳で、一日ただ忍の一字。
 終了後は政調で部会長会議、更には予算委員会のメンバーによる質問項目の調整と打ち合わせ。そんな中にも、携帯には直接間接を問わず陳情ごとのメッセージが吹き込まれていたりするのであった。こちらもこの週末のうちには対応しとかにゃぁならない。
 ありがたや、ありがたや。
3月4日(木) 25:06 命果てるまで
 常任委員会も3日目、予算委員会前の審議は今日で終わり。私の所属する環境農政常任委員会では、松沢知事たたきの材料めいたものもないせいか、自民党から少々皮肉というか嫌味というか、まぁその程度のものがチョロっとでただけで、特段の盛り上がりもなく午後5時過ぎに閉会となった。昨日同様、BSEならびに鳥インフルエンザ関連で、やはり今日もただ一人だけお疲れになったであろう人が。
 そして、そして来週月曜に迫った予算委員会の質問通告期限に向けて、質問のおおよその筋を決めなければならなかったのだが、常任委員会開会中とあっては当方だけでなく、当局サイドもうまく時間が合わず、昼休みなど微妙に空いた時間を精力的に使わねばならない。おまけに今晩は予定が入っているしで、それはもう、尚更状況はきつくなっていくのであった。しかもやけに眠い。
 さて、そんな状況をよそに、今日も今日とて新たな問題が県議会に降りかかるのでした。
3月3日(水) 23:40 Honey Cow
 今日も一日常任委員会。一昨日はほぼ議案等の説明だけであったが、今日からは質疑中心とあって、同じ耳を傾けるにしても随分と違うもの。特に、BSEだ鳥インフルエンザだと鯉ヘルペスなどは忘却の彼方へといってしまいそうな勢いの現状下では、これらの問題への対応は県畜産課を所管する環境農政常任委員会としても大きな課題である。平常時ならばなかなかスポットの当たりにくいであろう畜産課長も今日ばかりは答弁に四苦八苦の様子であった。
 明日も一日常任委員会。とりあえず、今週はどの委員会も審議ストップとまでは行かずに済みそうな感じではあるな。ヤマはやはり来週月曜の98条委員会、そして10日からの予算委員会か。何やら不穏な話も聞こえつつある、そんな3月の初頭である。
3月2日(火) 20:47 さくら
 本日は県立高校の卒業式。毎年恒例、母校である菅高校の卒業式に同窓会の代表として出席をする。式典での同窓会代表の挨拶も、そういうことだからして同窓会の立場で極めて真っ当にお祝いのご挨拶をさせていただく。なんだか世の中世知辛くなったものである。昨年も書いたような気はするが、ここのところ極端に茶髪という生徒はいないのだね。暗いせいもあるのかも知れぬが、壇上から見ていても茶色いのを探すほうが厄介かもしれん。名前を呼ばれておちゃらけるのはいるにしても、結構静かだったし。これはこれで本来は当然の事なれど、どうした若者、逆にそんなことも思いたくもなってしまったりもするのであった。
 また、せっかくのこうした機会でもあるので、菅高校の校長や来賓で来ていた南菅中学の校長などと、入試制度のことやら成績評価制度のことなどについて、合間に若干意見交換をした。良かれと思っての制度改変も滑り出し時には問題や混乱も多く引き起こすのである。
 ところで、式典の最後に式歌として歌われた森山某の「さくら」、今日始めて通しで聴いたしだい。サビのところしか聴いたことがなかったが、こんな歌だったのね。あぁ、もうそんな季節か。世間の時は流れども、県議会は相変わらずか?
 その後、県庁に向かい予算委員会の質問についての勉強会やら思索に耽る。そして、今も県庁。
3月1日(月) 21:26 目覚めの三月
 今年もはや弥生三月、毎度の事ながら、あっという間の2ヵ月であった。
 2月定例会における審議も委員会へとその場を移し、今日から始まった常任委員会や特別委員会、そして来週からの予算委員会へと進行していく。今日は委員会初日、それも予算議会とあっては、ただひたすら議案やら報告事項やらについて当局からの説明を受けるにほぼ終始する。昼食タイムをはさみ約3時間強、環境農政部長がただ一人喋り続けるという、議員サイドにとっても、また当局サイドにとっても、ちょっとした難行苦行である。でも、当局サイドにとっては質問が飛んでこないだけちょっとはマシか?
 さて、定例会も中盤戦。23日の最終日に向けてヤマはまだまだあろうが、これからの気候同様、神奈川県政も気分すっきりと晴れ晴れしく4月を迎えることができるか。

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