1月31(金) 話題はただひとつ  
 朝刊各誌が書きたてた昨日の刷新の会での松沢代議士の発言。受け止め方は「事実上の出馬宣言」といったところ。そこで、我が麻生区、代議士の県会議員当時からのお膝元ということもあって、皆さん賛成反対違いはあるものの一様にヴィヴィットに反応しているのはこれ事実。言うまでもなく、朝立ちから始まって、地元の皆さんとの今日の話題は代議士の知事選出馬?のみといっても言いぐらいである。本人はまだ出るとは言明はしていないわけで、あくまでの仮定のなかだけで話をするしかないわけだが、新聞を読んだ皆さんにとっては、立候補すると言っているに等しいくらいの受け止められ方。私も推測の範囲で代議士の思いを代弁するしかないのであった。自分の話しもしたいのだけれど、まぁ致し方なしといったところかな、しばらくは。
1月30(木) いよいよ・・・なのかな?  
 決算特別委員会の最終日。朝立ち終了後、そそくさと県庁へ。
 また、今日は会派分裂の余波で委員会構成に変更が生じるためにその調整で団会議が開催された。私はどのみち登庁しているので、どうってことはないが、そうでない方は地元に後ろ髪をひかれつつといったところか。
 今晩は刷新の会、その準備のため、自動車総連の新春の集いは、申し訳なくも乾杯前に失礼することに(国会議員話長すぎ)。さて、肝心の刷新の会、渦中の松沢しげふみ代議士との意見交換会だったのだが、こちらが驚くほどに積極的に、かつ踏み込んだ話であった。県政に携わるものとして期待を抱いているのは否定しないが、一方で弟子としては胸中複雑な思いもあるのも、これまた事実。
 政治家松沢しげふみの決断や如何に?
1月29(水) 久しぶりに・・・  
 昨日の異常な暖かさは何だったの?今日は打って変わって非常に寒い。朝立ちの時も寒かったが、これはまぁ許す。しかし、何なんだこの日中の冷え込みは。電車に乗り遅れ、ホームに取り残された我が身に容赦なく突き刺さる非常なまでの冷気。
 今日は川崎市私立幼稚園協会の研修大会の式典に出席するために武蔵中原まで。その後ほぼ同時刻で開かれていた飲食業関係の組合の新年会に出るために百合丘まで戻らなければならなかったのだが、電車が来ない。昼過ぎの下り電車とはかくも不便なものなのか。急いでいたから、なおのことそう感じる。何とか閉会間際に滑り込みセーフ。しかし、その会のさなか、長らくお世話になった支部長さんが体調不良のため、店を閉めるとのこと。まったくもって残念である。その後、地元の大先輩である方が川崎市文化賞受賞され、それを祝う会が開催されたので出席させて頂く。さすが、長年にわたり各方面でご活躍をされた方だけあって、会場一杯に人が溢れかえっていた。
 そんなこんなで、本日は会場から会場へ駆けずり回る一日でした。
1月28(火) 路線バスの旅  
 本日、地元麻生不動で恒例のだるま市が開かれた。朝、柿生駅で朝立ちをしていると、遠く平塚からだるまを売りにきたと思われるおば様方が電車から降りてくるのであった。いつもはだるま市には車で行っていたのだが、今日はなんとなくバスにしようと思いたち、久しぶりに地元を走る路線バスに乗車をする。地方へ出たときなどは何度か乗る機会があったが、地元では車で動くことが多いせいもあって、本当に久しぶりである。時代と共に技術は進めども、やはり揺れるものは揺れるもんだな。乗り慣れていないせいか、バスのなかでは私一人がふらふらしているようにも思われる。残念ながら、その揺れに身を任せる術を会得することもできぬまま、バスは目的地へ到着。普段、自分で運転して通る道ながら、また違った趣で窓外の景色を眺めるのであった。バスもなかなか捨てたもんじゃない。
 だるま市は、昨日の雨も上がり天候も申し分なし。かなりの人出で賑わっていた。
1月27(月) 朝の天気にまつわるアレコレ  
 昨晩3時ごろに床につく前に外をながめると、天気予報どおり雨が降っていた。こんな夜はそれなりに安心して眠ることができる。雨の日にも駅頭に立ってこそ、有権者の心を引くのだという類のことを仰る人がたまにいるが、もう、そんなことで有権者を手繰り寄せる、また寄せられるようなご時世ではないし、そんな馬鹿にした話もないので、天候不順の朝は思う存分寝だめをすることにしている。とはいえ、昼過ぎまでゆっくりと眠れるほど甘い話もないので、結局はいつも同じような時間には布団から起き上がらねばならない。でも、秘書時代からそうだったけれど、朝起きて雨だと正直気もどこかゆったりして二度寝の心地よさを味わえるのだ。味わいすぎると時に大変なことになるけれどね。
 夕刻からは、賀詞交歓会1件と刷新の会。その後、宮前区の福田紀彦君とお茶を飲みながら選挙に向けての話を少々。
 現在12時45分。明朝の天気は晴れの予報、今日はもう寝ることにしよう。おやすみなさい。
1月26(日) 帰ってきた  
 午前中はロータリーでお世話になっている方の家でご不幸があったため、告別式に参列する。いったん帰宅して、着替えをしながらサンデープロジェクトを観る。松沢しげふみ・河野太郎の両代議士と中田宏横浜市長が同コーナーに出演するという、これまた裏がありげな構成である。まぁ、着替えながら観ていたことを別にしても、中味的には極めて中途半端というところか。もちろん、特に踏み込んだ発言をするとも思ってはいなかったが。
 ところで、あの人がついに帰ってきました。そう、ジョニー・マー。かつて、モラトリアム少年少女の心を掴んで離さなかったかどうかは知らないが、元スミスのジョニー・マー。私もその昔はめられてしまった一人である。ザ・ザやエレクトロニックには正直乗れなかったけれど、ついに自らのプロジェクトで復活。トキメキを感じつつCD購入。まだ聴いてないけど。
1月25(土) 神奈川の夜明けは何時?  
 日中挨拶回りに精を出す。やはり風邪っぴきの方が多いようである。そういえば当方も何だか鼻がぐずり始めているような気が。
 夕刻、新横浜に出向き、目指すは横浜アリーナでの「モーニング娘。」コンサート。ではもちろんなくて、アリーナとは似ても似つかない客層が集う、我が同僚石川県議の新年会である。しかし、正直、駅を出た瞬間の異様な感じにはびっくり。
 新年会にはメインゲストの岩国代議士の他、中田市長に松沢代議士、そして浅尾参議院議員という知事選挙を巡って日々新聞を賑わせている面々。これでは誰が主役かよくわからんけれど。残念ながら、私はタイムアップで松沢・浅尾両氏の話は聞かずに失礼する。本当なら松沢代議士に言葉の一つでもかけたかったのだけれどね。
1月24日(金) インフルエンザの猛威  
 今日は新春の集い開催後最初の後援会幹事会。しかし、風邪を引いてしまったので欠席という方が続出し、はてさて、どうなることやらとやきもきするも、何とかそれなりの人数が集まる中で開会することができた。議題はもちろん4月の選挙に向けたスケジュールの確認なのだが、万が一のケースも念頭におきながらの作戦を立てざるを得ない状況でもあった。知事選挙の候補者として取り沙汰されている松沢代議士も近頃はやりのインフルエンザに罹ってしまったとのこと。大事な体でもあるので無理をせずにいてほしいものである。でも、永田町には出向いてウィルスをばら撒くのも一寸ぐらいはいいかも。
1月23日(木) Wind【waind? wind?】  
 まったくもっての不覚。昨晩、いろいろと思案に耽っていたら、床についた時間は4時近くだった。そのせいか、6時に目が覚めながらも2度寝の魔力に負けてしまい、再び目覚めた時には既に8時を回っているではないか。う〜ん、今日は出足から決まりが悪い。気を引き締めなおし、自らのねじをもっと巻いていかなければ。
 夜は昨日に続いて刷新の会の意見交換会。会の中では具体的な名前も挙がる中で、まずは理想の知事像を詰めるのが先ではないかといった意見も聞かれた。しかし、知事選挙はオリンピックではない、参加することに意義があるではしようが無いのは言うに及ばずであって、少なくとも選択肢を提示することが最終目的として我々は集っているのではないはず。責任を持って提示する以上、勝てる候補の擁立、そして勝つための戦略、この要素も持ちつつ進めなければそれこそ無責任ではないのかなぁ。出たとこ勝負の風頼みじゃないんだから。
1月22日(水) 県政刷新の会  
 朝一で川崎まで出かけ、川崎地域連合に挨拶に伺った。自身の選挙につき、知事選挙の件も含めいろいろとお話をさせていただいた。地域連合の事務所がある労働会館までの道中には競輪場があるのだが、新聞売りのスタンドが軒を連ねるも正直人の入りはよろしくないようだ。帰り道、市議会の控え室に久しぶりに立ち寄り、麻生区選出のあまがさ裕治市議としばし話しこむ。これまでも地域の大先輩であるあまがさ市議にはご指導を頂いているが、今日もいいサジェスチョンを受ける。
 夜、横浜市内での新年会をひとつこなした後、「明日の知事を考える県政刷新の会」の意見交換会に参加。自民党が擁立をしようとしていた候補者が辞退したことで、告示まで2ヶ月ほどとなった今に至っても候補者が一人もいないというある意味異常な状態にある。私たちの使命として確実に言えることは、本日の講師である中田宏横浜市長の言葉を借りるまでもなく、県民に対する選択肢(候補者)の提示にある。個人的には、新しい知事には実務能力や判断能力、決断力はもとより、口先だけでない発言力と行動力、つまりは国に対して、そして県民に対するアピール力も兼ね備えた人物が求められていると考える。
 はてさて、この先どうなるか。
1月21日(火) 街の風景  
 本日は決算特別委員会。午前中に審査した後に午後からは現地調査にて横須賀へ赴く。調査地は今春開学する県立保健福祉大学(4年制)【写真】。
 この大学の整備は県として初めてのPFIを活用しての事業でもあり、大学としての機能はもちろんのこと、その点からも行く末が注目されるところである。今月末での引渡しということでその整備も最終段階に入っている。なかなかにユニークな遊び心も随所に見られる、そんな校舎。一方、受験希望者も今週末に行われる推薦入試も倍率が3倍強、そして一般入試の願書の請求も4700を数えるほどだという。一人でも多くの福祉・医療の現場で活躍する人材がこの大学から巣立っていくことを期待。
 調査終了後、最寄り駅である京急安浦駅周辺を地元の山田県議に案内してもらう。その昔、このあたりは遊郭だったそうで、今も残っている古い家屋にはその名残があるとのこと。言われてみれば、確かにそんな気も。
1月20日(月) 閑話休題  
 どんな方々がこのページをご覧になられているのかは皆目見当がつかないが、まぁここでは日々の活動やそこで感じたことなどを、つらつらと酷い文章で綴っているところである。
 今年に入ってというか、この世界に入ってからというもの、なかなか大好きな音楽を聴く時間がない。CDを買うものの一回聴いておしまいだとか、随分前に買っていまだ聴かずというものもあったりする。一方で気に入ったものは車の中に持ち込まれ、延々まわっているものもある。昨年のBEST盤でもあるAIRの「MY WAY」はいまだにまわり続けている。まぁ、ディスクを変えるのが面倒なこともあるが、お気に入りには違いない。最近購入したものでは、BUCK−TICKの「残骸」(カップリングの「GIRL」が特に)やミッシェルガンエレファントの「太陽をつかんでしまった」かな。みんなタイプは違うけれど、それぞれいい曲。
 ちなみに今日の活動は、いつもと変わり映えのない挨拶まわりと新年会まわり。
1月19日(日) 子ども会  
 麻生区子ども会連合会の新年会にお招きを頂いたのでお邪魔する。もちろんそこに集っているのは子供たちではなく、役員である大人の皆さんである。私自身も小学生当時には今はなき新万福寺子ども会に属し、いろいろと活動に参加したものだが、残念ながら子供の減少や指導者(面倒をみてくれる人)の不足などにより、かように子ども会のない町会が多いのが現状であり、少々寂しさも感じなくはない。しかし新年会にお邪魔すれば、その一方で私とほぼ同世代(ちょい上か?)の若いお母さん方が活躍されている地域もある。短い時間ではあるものの、その方々とお話をしてみるとなかなかに興味深い話もでてくるものである。それとは別に、ご当人や旦那さんが学校の先輩であったりといろいろと話し込み、大変楽しい時間を過ごす。お陰でその余韻もあって、その後の挨拶回りも気分もよく快調。
1月18日(土) 挨拶回り  
 今日は久々に集中しての挨拶回りを行うことができた。あんまり集中しすぎて、かすや市議の新春の集いをすっ飛ばしてしまった。でも、年が明けても話題は知事選に集中。皆さん、松沢代議士の去就を一様に心配をされている様子であるのだが、私からはやるともやらないとも言えないので、ご心配をおかけしていることを詫びつつ…といった感じで現状をお話しする。何だか秘書時代に戻ったかのような挨拶回りの一日であった。
1月17日(金) 駅頭争奪戦 
 選挙が近くなってきたせいで、朝立ちの場所取りもままならない。それは麻生区に限ったことではなくて、どこの地域も似たようなものらしい。お隣の宮前区は区内の駅数が少ないこともあって争奪戦もかなり激しい様子。私はいつも朝立ちは7時からというポリシー(というほどのものでもないか)で、本来ならこの競争には当然負けてしまうところだが、相棒の伊藤ひさし氏が6時半頃から始めているところに合流する形なので、幸い予定通りにこなしてこれた。しかしこれが曲者で、新人候補予定者を中心に場所取りのためどんどんスタート時間が早まってきている様だ。これまでの「朝立ちは7時から」という不文律(皆で確認しあっていたわけではないが)が崩れてしまうよ。まぁ、そんなことを言っても、選挙が終わったら競争相手がいなくなって元に戻るのだろうけれど。
1月16日(木) 決算特別委員会の日でしたが  
 本来なら10時半より決算委が開会されるのだが、今日は清風会分裂による議会構成に変化が生じたため、議会運営委員会等がその前に開催された。
 そんなこんなで、決算委が開会されたのは午後3時前。先に示されていた審査日程に大幅な変更がなされ、今日は自民党の質疑のみで閉会となった。確かに予定の分量をこなすとなれば、自ずと閉会は8時近くなることも考え合わせれば、大変ありがたい変更である。
 なので、今は地元に戻って我が事務所で行われているホームページ作成講習会にお付き合いをしています。ホームページ・×ルダーを使っての講習会。参加者の皆さんも楽しそうに作業されています。私はちょっと抜け出してこの日記を書いている(打っている?)のでした。この成果が駅前商店会のホームページに表われるのはいつの日か。
【頑張る駅前商店会の皆さん〜意味もなく額縁つき】  
1月15日(水) つべたい・・・ 
 鼻水も凍る寒さ。そしてマイクを握る手が痺れる寒さ。今朝の百合ヶ丘駅は大変冷たい風が吹き抜けるとってもとっても寒〜い朝であった。痺れるのは手だけではなく、足はもちろんのこと、とにかく体中が痺れ、かつ麻痺状態である。よって、口もすっかり固まり言葉もうまく発することができない。別に急いで喋ったところで時間が早く過ぎるわけではないが、これも早く終了予定時刻なれ!という思いがなせる情けない業のようなものか?
 空元気もほどほどにしてせめて手袋だけでもしようかなぁ。そんなことを思い、取り敢えず夕刻手袋を買いに走るのであった。
1月14日(火) 疲労と徒労  
 今朝は横浜で朝食会兼勉強会。しか〜し、横浜線が信号故障により成瀬駅で立ち往生。とりあえずは長津田駅まで動いたので、田園都市線に乗り換え中央林間に、そこから小田急線で大和まで、そして相鉄線で横浜駅に向かう。何とか朝食会には間に合ったものの、既に時間は開会から45分経過しており、食事時間は終わり本題へと突入にしていた。家を出てから実に2時間超。空腹もあるものの非常に疲れた今日の幕開けであった。
 そんなこんなで今日はどこか、その疲労感と徒労感が漂う一日となってしまった。
1月13日(月) 成人の日  
 昨夜はぐっすりと眠らせていただきました。お蔭様ですっかり復調。朝8時半、金程小学校でのどんど焼きに足を向ける。いつもすごい人出だが、今年はさらにすごいことになっている。本当かどうかは定かではないが、聞くところ1000人くらいの人が来たとか。ここでも何だか知らんがビールをいただき朝からいい気分と行きたいところだけれど、一日は長いので程々に。この後は昼の新年会までの間、挨拶回りをこなしながら失礼ながら酔いを醒ます。幸い陽射しを受けていると暑いくらいでもあり、あっという間にしらふの状態に戻った。
 新年会の後は成人を祝う集いに参加すべく急ぎ車でとどろきアリーナへ。毎年の事ながら周辺はひどい渋滞会場の目の前まで来ながらそこから15分。何とか滑り込みセーフ。数年前、各地での若者たちの身勝手な振る舞いが話題となったもんだが、今年の川崎は始終ざわざわしてはいたが、立ち上がって騒いだりというのはなかったね。でも、これで良しとは本当は言えないよね。
1月12日(日) どんど焼き  
 昨日の二次会の余韻(二日酔い?)も覚めやらぬまま、まずは虹ヶ丘3丁目町会の餅つき会へ。昨年2丁目の餅つきにお邪魔した時の約束を果たすべく、気合を入れて餅をつく。なんてひと臼だけどね。迎え酒と称しながら勧められるがまま日本酒を頂いていたら、暖かな日差しにも誘われ、すっかりいい気分になったしまった。
 次なる先は岡上の川井田地区のどんど焼き。同時刻に栗木でもあるため、少々早めにお邪魔して餅つきのお手伝いをする。昨日の新春の集いには、岡上西町会の皆さんが大挙して参加してくれたので、せめてその分はお返しを。和光大学の学生も参加しての餅つき・どんど焼きはなかなかの活気。太鼓のリズムに合わせ餅をつく杵の音は軽やか?そういえば、朝から日本酒しか胃の中に入っていないな。なので道中、肉まんをひとつ頬張りながら、いざ行くは栗木御嶽神社。今日はとても疲れたです。
 【腰が入ってないぞ】
1月11日(土) 新春の集い  
 今夜は大成会(後援会)主催による新春の集い。これまでは毎年春に開催していたパーティーだが、初めての試みとして新春の開催と相成った。年末の挨拶回りを兼ねてチケット販売に精を出したのだが、果てさて当日の来場者はいかばかりか。残念ながら目標には到達できなかったが、200名弱の方々が年始早々のこの日にご来会下さった。まったくもって感謝感激である。まだ、集計はしていないが、なんとか赤字にもならずに済みそう。
 しかし、良くも悪くも今日も話題は知事選に集中。ゲストの松沢代議士も初めて有権者の前で自らの心情を直接語ったということもあり、さらにヒートアップか。まぁ、とにもかくにも選挙に向けたイベント第一弾は無事終了、さて、次の仕掛けは何じゃろな。


【最強の婦人部隊〜頼りにしてます】
1月10日(金) 清風会分裂  
 新年最初の定例議運開催日、よって団会議が開催された。昨年末以来続く、団の分裂問題につき8日に続き両派の調整が重ねられるも、分裂回避は叶わず。今日を持って清風会から8人の議員が離団をし、新会派「民主党県議団」を結成する運びとなり、民主党所属議員の会派が2つできることになってしまった。その経緯は一昨日も書いたとおり限りなくくだらない。離団される方々曰く、そのひとつに春の選挙に向けて民主党の名をもっと前面に出したかったのだそうだ。別に今までも団としてその錦の御旗を隠してきたとも思わない。そして私自身も地域においても常に民主党を前面に活動をしてきたつもりであり、私を知る人は皆、所属会派名が「清風会」でも、私のことを民主党の議員と認知している。むしろ今回の一連の動きは民主党の名をマイナスの方向でアピールさせるだけのように感ずるのだけどね。事実、ある離団する議員の選挙区の有権者が、その議員を離党したものと受け止めているケースもあるのだ。う〜ん、理解不能。まぁ十人十色、いろんな考えの方がいてこの世の中が成り立っていることも思えば、それで良しとする人がいても不思議はないか。
1月9日(木) くまのプータローとともに行く2003年  
 何だか眠い。何だかとは言うものの理由ははっきりしていて、単に睡眠時間が少ないだけのこと。鏡を見れば、我が両目の下にはくっきりと彫り深く隈が三重に刻み込まれている。また日中、新年会まわりで電車移動でもしようものなら、座った瞬間睡魔が襲ってくるような状態。本を片手に乗り込むも、ちっとも先へは進まず同じ所を延々読み返している始末。内田百閧フ『阿房列車』はなかなか最終駅(読了)に辿り着かないのであった。そういえば、かつてはどちらかというと乗り物では眠れない繊細な性質だったのに。
1月8日(水) あぁ不毛  
 今朝は朝立ちのパートナーが体調不良によりお休み、おまけにこちらも2度寝をしてしまい家を出たのが7時を回ってしまったこともあり、小さめの駅かつ普段やってないところへ行ってみようと思い立ち、京王線若葉台駅へ。実に4年ぶりの登場となるのだが、寂しい。相変わらず寂しい。駅の反対側は稲城市のニュータウンが広がり整然とした街並み(まだ空き地ばかりだけど)なのに比べ、麻生区黒川側ときたら多少マンションができたとはいえ、4年前に比して人は増えていない感じ。向こうでは稲城市議会議員とライバルであろう候補予定者がマイクでやりあっている。私は一人ビラ配りに徹するのであった。
 ちなみに表題の不毛というのは今日の朝立ちのことではない。午前中からの県庁で過ごした時間のことである。昨年来続いている清風会の分裂騒動につき団会議が招集されるも流会。新年会をいくつかキャンセルしてのことなのに、なんだかなぁ。こういうくだらん事に付き合うのはもうやめにしたいものである。ちなみにくだらんというのは分裂騒動じゃなくて、その発端やら経過やらその間の言動など。
1月7日(火) 新年会スタート  
 新百合ヶ丘駅南口にて朝立ち。寒い朝に変わりはないが、昨日の痛いまでの朝を経ると不思議と楽に感じるものである。暖かいとは言えないけどね。
 今日から新年会シリーズが開幕。午前中から川崎市と商工会議所の賀詞交歓会があったのだが、こちらは申し訳なくもキャンセル。中国の厦門市(あもい)から青年代表団の皆さんが川崎を訪れるというので、そちらに顔を出す。これは一昨年から松沢代議士と共に行っている「長江計画」(日中の経済交流を進めようというもの)の一環でもあり、今回は厦門市青年企業家協会会長で厦門市電業局局長の李同智団長(写真・なんと40歳)をはじめとする、総勢21名の訪日団をお迎えするというものである。
 残念ながら途中で失礼する形になったのだが、参加者は皆20代後半から40代前半のいわば同世代の方々ばかりということもあって、大変刺激を受ける。次回の訪中は厦門が予定されているので、再会を楽しみに選挙に臨むことにしよう。
1月6日(月) とても冷たい朝  
 本日から朝立ち復活。3時過ぎまで起きていたのも何のその、気合十分、やる気十分で新百合ヶ丘駅の北口へ向かう。寒い。いや、そんな言葉では語れない程の体感温度。気合十分だったはずが、5分もしたら手が痛くなってきた。喋る口もまわらず(それはいつもか?)、思うようにいかない。始終腰の辺りが震えている感じで姿勢も落ち着かない。多くの同業者がコートをはおり、手袋をしている中で、われらが麻生区民主党は空元気100発で春も夏も秋も冬も格好は一緒。他党の市会議員の方々に「若いわねぇ」と冷やかされるも意に介さず、ここでも得意の空元気を発揮する。でも、今朝は冷たいも超え、正直痛い。
 ところで、年賀状の返礼ってちょっと怠けるとなかなかに大変な作業。通り一遍といえばその通りのことしか書いていないのだが、ひと通り一言ずつ書き添えていると結構な時間を要する。腕が疲れた。
1月5日(日)   
 夕方から本年最初の後援会幹事会があるため、昼過ぎに事務所に戻り会議資料の整理をする。寒い。我が事務所は夏暑く冬寒い、そんな典型的なところ。暖房をつけても手元足元の寒さは変わらない。冷え切った凍えた手でワープロ打ちをする。いよいよ新春の集いまで1週間、チケットの売り上げ状況の確認とともに当日の運営等につきご議論をいただく。同種のパーティーはこれまでも開催したことはあるが、新年会は初めて。何も目新しいことをやるわけではないものの、毎回の事ながら、直前はバタバタするもの。事前の準備はしっかりと十分すぎるくらいにしないとね。
 1月11日(土)18:00〜新百合ヶ丘駅前にあるホテルモリノにて開催します。皆様のご来会をお待ちしております。詳しくはこちらで。
1月4日(土) LET'S GO 買出し  
 ふと我が家を見渡してみると、何もないことに気づく。物は溢れてはいるのだが、肝心の食い物がない。確かに年末から夕食は実家にご厄介になっていたのだけれど、朝飯を食う必要上、ここらで買出しをしておかなければなるまい。しかし、最近は元旦早々からスーパーも営業しているので、年末の買い出しも昔ほどあくせくしなくても良いという感じ。まぁ、そんなこともあって、我が家では、そんな正月の準備は全くしていなかったのだけれど。
 明日からは本格的に始動。まずは朝飯から。
1月3日(金) 雪が降る 雨も降る  
 そんな訳で、今日はゆっくりしながらもいろいろ片付けをして過ごす。
 ところでこの日記、時折3日分ぐらいがまとめてアップされることがありますが、実はちゃんと毎日書いているのですが、自宅のLAN環境が思わしくないのか、サーバーに接続できない時があるのです。因って、これからもそんな時があるかとは思いますが、本人としては毎日アップしようと心がけている事をご理解いただければと幸いです。
 なーんて、誰が楽しみにしてるんだってね。そんな訳で、今年もよろしくお付き合いくださいませ。
1月2日(木) 爺ちゃんよろしく  
 本当に久しぶりに良く寝た、そんな感じであった。11時ごろ起き出して、妻とともに靖国神社へ初詣に出かける。既に済ませているといっては済ませているのではあるが、やはり私たち夫婦としてはこれがなければ始まらないので、誰が何と言おうとこれが初詣。もちろん、何も難しい事はない、二人とも母方の祖父を戦争で亡くしており、参拝に来れない山形と富山のそれぞれの婆ちゃんに変わってという思いでである。また、私にとっては幼少時からの年中行事みたいなものである。幼少時、いつも爺ちゃんに似ていると言われていたせいもあって、顔を合わせたことはもちろんないが、爺ちゃんにはちょっとした思いがあるのである。春の選挙も念頭に爺ちゃんにお願い。普段は不義理ばかりだが、爺ちゃんよろしくね。
 その後は新宿に出向き、年始SALE戦線に参戦する妻のお付き合い。何なんだ、この人の多さは。

【靖国神社の大鳥居の前で】
1月1日(水) HAPPY NEW YEAR  
 新年明けましておめでとうございます。皆さんは平成15年の幕開けをいかがお迎えでしょうか?私は例年通り、昨夜から続く地元神社まわりのさなか、栗木は御嶽神社で新年を迎えました。今年は選挙の年、昨年高石神社で必勝達磨を予約していたのだが、新年の勢いか?栗木でもとびきりデカいのを買うことになってしまった。そんな神社仏閣めぐりも終えて、家に帰ったのは2時半ごろ。5時から実践倫理宏正会の元朝式があるため、うかつに眠ると起きれないので映画を見て時間をつぶす。これもまた毎年恒例。
 午後、岡上西町会の役員の皆さんが新年会をやっているというのでお邪魔。体からアルコールが抜けない。その後、夕刻からは正月早々だが麻雀をやるので来いと言われていたので早野まで。私麻雀は知らないのですが・・・。でも気づくと、時計の針は11時を回っている。そんな平成15年の元日でした。眠い。

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